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大阪地方裁判所 昭和28年(モ)544号 判決 1954年11月25日

申立人 近畿日本鉄道株式会社

被申立人 鬼頭俊夫

主文

当裁判所が昭和二十六年(ヨ)第三六八号身分保全仮処分申請事件に付昭和二十八年五月八日為した仮処分決定中被申立人に対する部分は之を取消す。

申立費用は被申立人の負担とする。

此の判決は仮に執行することができる。

事実

申立代理人は主文第一項同旨の判決を求むる旨申立てその理由として、被申立人は昭和二十六年三月二十六日大阪地方裁判所に対し申立人がその従業員である被申立人を昭和二十五年十月二十九日限り解雇する旨の通告をしたので右解雇の効力を争い右解雇無効の本案訴訟を提起しその判決確定に至る迄申立人は被申立人をその従業員として取扱い、昭和二十五年十月三十日以降毎月二十五日限り賃金相当の金員を支払うべき旨の身分保全の仮処分命令の申請をなし右申請に基き同裁判所は昭和二十八年五月八日同庁昭和二十六年(ヨ)第三六八号事件として申立人に対し、被申立人の申立人に対する解雇無効確認訴訟の本案判決確定に至るまで申立人は被申立人を申立人の従業員として取扱い、且被申立人に対し一月金四千四百四十八円の割合による金員を昭和二十五年十月三十日以降毎月二十五日支払うべき旨の仮処分決定をなした。そこで申立人は右決定に従い被申立人に支払うべき右割合による金員を用意して被申立人の出社を待つていたところ昭和二十八年五月十二日に至り被申立人の弟と称する者が申立人会社に来訪し、右金員の支払を要求した。しかし右金員は被申立人に対する賃金に相当するものであるから労働基準法第二十四条の定めるところに従い直接被申立人本人に交付するか、然らざれば被申立人の裁判上の代理人に対してのみ支給すべきものであるからその旨を述べて右来訪者に支給することを拒み、被申立人本人が自ら来社すべきことを申入れた。然るに被申立人は自ら出社することなく同月十八日突然執行吏を申立人会社に差し向け前記の如くかねて支給の用意を整えてあつた金員九万六千四百四十九円の差押をなさしめるに至つたが被申立人はその後も依然として出社せず、申立人は被申立人を従業員として取扱い且之に対する賃金相当額の金員支給の為同年五月三十日同年六月三日及同月八日の三回に亘り何れも書面を以て被申立人に対し出社を命じたが、被申立人は全然右出社命令に従はないのみか申立人に対し何等の連絡すらせず、斯くては申立人会社内の統制上も支障を来すに至るので申立人は労働協約第十条に従い同年八月末申立人会社従業員の労働組合との協議を経て、被申立人の右出社命令に応ぜず而も申立人に対し些かの連絡もしない所為を以て申立人会社従業員就業規則第八十二条第十二号に該当するものとして解雇することを決定し、同年九月二十五日附を以て被申立人に対する解雇予告の手続を経て同年十月二十四日附を以て解雇し茲に申立人は本件仮処分に依り認められた範囲における申立人会社の従業員たる地位をも亦之を喪失するに至つたのであつて之に依り本件仮処分はその被保全権利が消滅したものと謂わねばならない。又被申立人が本件仮処分に基き尚申立人会社従業員たるの地位を保ちながら申立人よりの数度の出社命令にも従はず、剰え申立人に対し何等の連絡もなさないことは被申立人自ら本件仮処分に依り保全せられている地位を抛棄する意思と解せられるから、右仮処分の必要性も亦既に消滅したものと謂うべきである。ところで申立人としては被申立人に対する仮処分命令所定の金員支払に付前記の如き強制執行が繰返されるを避けるため、その後は止むなく被申立人の代理人と称して来社する者に右金員を支給して来たのであるが、被申立人は昭和二十七年五月二十三日夜大阪市阪南町中二丁目所在の阿倍野警察署咬菜寮に於て発生した火焔瓶投入事件に付その首謀者の一人として捜査官より指名手配を受け、現にその所在を晦ましてゐるものであるから前記の如く申立人が支給した金員は結局被申立人の手に交付せられてゐないことも推定せられるのであつて、被申立人が勤労者であつて賃金に依りその生計を維持してゐるものであるから解雇者とし直ちに賃金収入の途を断たれることに依り生活困窮により著しい損害を蒙るべきことを理由として前記金員の支給を命じた本件仮処分は此の点に於て既にその目的を達し得ざるに至り、従つて右理由に基く仮処分の必要性を欠除するに至つたものと謂はねばならない。而して以上の事実の存在は本件仮処分の基礎たる事情に変動を生ぜしめ該仮処分命令をして尚存続せしむるを不当ならしむるに至つたものと認むべきものであるから、民事訴訟法第七百四十七条に依りその取消を求めるため本訴に及ぶと陳述した。(疏明省略)

被申立人は公示送達に依る呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

被申立人が昭和二十六年三月二十六日申立人を相手方として大阪地方裁判所に申立人主張の如き身分保全の仮処分申請をなし、同裁判所は昭和二十八年五月八日右申請を容れ同庁昭和二十六年(ヨ)第三六八号仮処分決定をなしたことは当裁判所に顕著な事実であり、証人今井隆の証言並同証言に依り真正に成立したものと認められる甲第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五号証を綜合すれば申立人は本件仮処分決定に依り被申立人に対し支給すべき同人の賃金相当の金員を用意して被申立人の出社を待つてゐたが被申立人は自ら出社せず同人の弟と称する者が来訪して右金員の支給を求めたので申立人は右金員が労働基準法上の賃金に該当するものであるから同法の規定に依り被申立人本人又はその裁判上の代理人に対してでなければ之を支給することができない旨述べて之が支給を拒絶し、被申立人が直接自ら出社するよう伝えたがその後被申立人は全く出社せず申立人に対する何等の連絡さえしなかつたので申立人は申立人会社勤労局人事部長の名を以て被申立人に対し昭和二十八年五月三十日附の書面により同年六月三日、同年六月三日附の書面により同月八日、次で同月八日附の書面により同月十三日に出社すべき旨命じ右書面は夫々その日附当時被申立人に到着したが被申立人は遂に一回も右出社命令に応じないのみならず、申立人に対し何等の応答連絡もなさなかつたので申立人は被申立人の右の様な態度は社内統制上支障を来さしめるものとして放置することが出来ないので、就業規則第八十二条第十二号に則り被申立人を懲戒解雇すべきものと認め申立人とその従業員労働組合間の労働協約第十条に従い同年八月末同労組との協議を経て同年九月二十五日附書面を以て被申立人を同年十月二十四日限り解雇する旨被申立人に通告し該書面はその日附の翌日たる同年九月二十六日被申立人に到着したことを認めることができる。ところで本件仮処分に依り申立人が被申立人に支給すべき金員は労働基準法に謂う賃金に該当するものと認むべきことは仮処分決定の趣旨に照らし明白であるから同法に定める通り申立人としては被申立人本人に直接支給するか然らざればその裁判上の代理人にのみ交付すべきものであり、従つて被申立人の側においても仮処分所定の賃金相当の金員の支給を受けんとするときは必ず自ら直接申立人の許に出向くか又は裁判上の代理人を以て之を受領せしむるの方法を執らねばならない。又苟も特定の企業体の従業員たる地位に在る限り正当の理由がなければその事業場えの出頭要求に応ずべきは事業体の秩序に基く当然の義務と謂はねばならない。然るに被申立人は前記認定の如く折角本件仮処分に依り申立人の従業員たる地位を保全されながら申立人よりの数回に亘る出社命令にも応ぜざるのみか之に就き何等の連絡さえとろうとしないのであつて斯る被申立人の態度は申立人も主張する様に自ら仮処分に基き保全された地位を抛棄したものと認むべきであるから既に被申立人に付尚引続き本件仮処分を存続して申立人の従業員たる地位を維持する必要は消滅したものと解せられるのである。而して又右認定した如き被申立人の所為が申立人主張の如く社内の秩序を紊り統制上の支障を来すものとして就業規則第八十二条第十二号に該当することは前顕甲第五号証の記載内容を通じて明らかに之を認め得べきところであるから、前認定の通り適式の手続を経て被申立人に対してなした申立人の昭和二十八年十月二十四日附の解雇は有効と解すべく、右解雇により被申立人は最早申立人に対し本件仮処分に依り保全せられてある従業員の地位を主張し得ないことになつたものであるから、本件仮処分命令の被保全権利も亦消滅したものと解しなければならない。以上の如く仮処分の必要性及該仮処分の被保全権利の消滅を招来したものと認むべき前認定の事実は本件仮処分決定後に生じたものであつて斯る事実の発生が本件仮処分を尚維持するを不当ならしむべき事情の変更に該当することは明であるから申立人の本件申立は爾余の点に付判断する迄もなく正当として之を認容すべきものであるから訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付同法第七百五十六条の二、第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 日野達蔵 角敬)

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